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キャンプの知識と道具で、防災を楽しく!
アウトドアのプロが考える、企業防災の役割

 

 
キャンプやBBQといった多彩な楽しみ方の登場に加え、新型コロナウイルスの感染拡大を契機に盛り上がりを見せるアウトドアブーム。キャンプ用に揃えた道具や身につけたスキルが、実はいざという時の災害時にも役立つことはご存知でしょうか。さらに個人規模の防災だけでなく、企業にとってもアウトドアは防災意識を高める上で絶好の機会なのです。
 
今回はアウトドアのガイド・指導だけでなく、災害時に役立つアウトドア道具やスキルを伝える活動に取り組んでいるアウトドアライフアドバイザーの寒川 一 様に、企業が取り組むべき防災への備えや役割について、お話を伺いました。
 
<取材にご協力いただいた方>

寒川 一(さんがわ はじめ)さん
アウトドアでのガイド・指導はもちろん、メーカーのアドバイザー活動や、テレビ・ラジオ・雑誌といったメディア出演など、幅広く活躍中。東日本大震災や自身の避難経験を経て、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動を積極的に行っています。大田区公式のYouTubeチャンネル「City Ohta Channel」にて「アウトドアから学ぶ防災講習」というコンテンツの講師もされています。

 
※インタビュアー:丸山 茜(防災士)
…当サイト運営元であるプラス株式会社ジョインテックスカンパニーにて防災・BCP商材、サービスの企画/推進、専用カタログ「危機対策のキホン」の企画/監修担当


非日常のアウトドアを日常に落とし込んだ「アウトドアライフ」

丸山:寒川さんは、「アウトドア✕防災」をテーマに、災害時に役立つキャンプ道具の使い方・スキルを教える活動をされています。改めて、「アウトドアライフアドバイザー」という肩書と、現在のご活動についてお聞かせください。
 
寒川 さん私が自称している「アウトドアライフアドバイザー」という肩書きはもともと私が考案し、勝手に名乗っているものです。ですから、世の中にそうした職種はありませんし、実は私以外に名乗っている人は聞いたことがありません。アウトドアのテクニックや道具を紹介する「アウトドアアドバイザー」とはちょっと違うのです。
 
丸山:具体的にはどのような違いがあるのでしょうか。
 
寒川 さんそもそもアウトドアとは、「非日常」の体験です。インドアの生活が「日常」であり、山や海に行くのは特別なことですよね。ライフラインがない「非日常」の自然の中で、衣食住を自分で組み立てるスキルや道具の扱い方を伝えるのが「アウトドアアドバイザー」です。
 
その一方で私は、アウトドアをもっと「日常」に落とし込んだほうが良いのではないかと考えています。アウトドアとインドアの中間で橋渡しをし、生活の中にアウトドアのエッセンスが溶け込むような考え方やスキルを伝えるのが、私の肩書である「アウトドアライフアドバイザー」の役割です。
 
丸山:どのようなきっかけから「アウトドアライフアドバイザー」としての活動を始められたのでしょうか。
 
寒川 さん2011年の東日本大震災が大きなきっかけです。その頃、私はアウトドアショップを運営しつつ、アウトドアガイドとして活動していたのですが、震災を機に自分を取り巻く環境が大きく変化したことを感じました。
 
関東では地震による直接的な被害は大きくなかったものの、やはり原発の影響が大きく、どこが安全でどこが安全ではないのかが全く判断できなくなったのです。アウトドアの中でも放射線量を測定するガイガーカウンターを持っていなければ、川の水が飲めるのか、どの場所でテントを設営してよいかが分かりません。
 
自然の中で安全を確保することがアウトドアの大原則です。しかしお客さまだけでなく、アウトドアガイドである私自身も、どこが安全なのかが途端に分からなくなり、大げさに言うと白黒反転したような感覚でした。
 
そこから、自分がどのようなポジションでどのように対応していけばよいのか悩み、試行錯誤を続ける期間が1年弱も続きました。


もし避難所に、アウトドアの発想と判断力があれば

丸山:新しいポジションを模索される中で、どのような転機があったのでしょうか。
 
寒川 さん確か震災から1年が経った、東北にはまだまだ寒さが残る3月のことだったと思います。震災から1年が経ってもプライバシーがあってないような環境で避難所生活を送られている方をニュースで知ったとき、「ダンボールの上に寝ている人に、アウトドア用のマットとテントを渡せたら」「焚き火をして何か温かいものを作れたら」、そして「どうにかできないものか」と、自分の手元にある道具を見つめながら考え込んだのです。
 
確かに、当時は有志のボランティアや企業がアウトドア用品を持って現地に赴いたそうですが、絶対的な数が足りず、かえって現場では不平等になってしまうという意見や、アウトドア用品を正しく扱える人が少なかったとの声も聞きました。
 
この経験から、自分たちではできないことと、できることを知ったのです。つまり、ただアウトドア道具を渡すのではなく、少しでも日常からアウトドアに触れている人が増えれば、災害時にアウトドアの発想と判断力で乗り越えられる人が増え、その考え方が広まっていくだろうと考えました。
 
災害時にいきなり何かをやるのではなく、普段は遊びとしてアウトドアをトレーニングし、いざという時に役に立つ知識を多くの人に伝えていこうと考え、「アウトドアライフアドバイザー」という肩書を名乗り始めたのです。


1人に防災を教えることが、やがて防災意識を広げることに

丸山:「アウトドアライフアドバイザー」としてはどのようなご活動をされてきたのでしょうか。
 
寒川 さん2012年からアウトドア仲間を集め、一般の人たちにも分かりやすい火起こしや水を確保する方法などを伝えるワークショップを積極的に開催していきました。
 
アウトドアの現場では、より身軽に行動するために、より少ない道具で、より少ない水と食料でいかに生き残ることができるかと、常に考えを巡らしています。アウトドアには、非常時に役に立つアイデアが詰まっているのです。たとえば、より少ない水で米を炊く方法は、参加者の方も興味津々ですね。災害時だけでなく、平時でも光熱費を浮かせる方法として有用です。
 
丸山:これまでの活動の中で、どのような考えを大事にされてきましたか。
 
寒川 さん1,000人に薄いことを教えるのではなく、たった1人の子どもでもいいから本当のアウトドアの楽しさと役立つ知識をしっかり教えることを意識しています。そうして私が教えたことを、その人が誰かに教え、その誰かがまた誰かに教えていけば、「日常」にアウトドアを落とし込んでいくという考えが少しずつ広まっていくはずです。
 
また、たとえば1人でも自力で水を確保する方法を知っていれば、給水車に並ぶ列から1人が外れ、もう1人が助かることになります。つまり、1人に教えることは複数人を助けることになるのです。自分を助けられる人が増えることは、共助にもつながるのです。自助と共助は分けて考えなくてもよいのです。
 
全員がアウトドアができるようになる必要はありませんし、無理でしょう。興味がある人だけでいいから、私は眼の前の1人に徹底的に教えることを大事にしています。
 
丸山:私は「防災」という分野の仕事に携わって7年目になりますが、これだけ災害が頻発していて何となく災害に対する備えをしておかなければならないと感じていらっしゃる方は多いと思うものの、実際はまだまだ防災・BCPへの対策が進んでいないと感じています。
 
特に中小企業様においては、対策を実施するための人材・予算などのリソースが不足していること、防災・BCPについての知識が不足していることなどから、対策実施に踏み切れていないというお声も多くあります。
 
ですので、まずは来るべき災害に備えて、どういったモノやコトが必要なのか?どういった視点で取り組んでいただくのが良いのか?そういったことを時間と労力をかけて、お伝えさせていただきながら、対策実施に至るまでのサポートを続けていくことが大切だなと思っています。


個人にも行政にもできない防災こそ、企業が取り組むべき

丸山:弊社の「キキタイマガジン」は、主に企業の防災担当やBCP担当の方が読まれるオウンドメディアとなっています。災害対策を検討する際に大事なことは、どのようなことだと思いますか。
 
寒川 さん朝起きて夜寝るまでの自分の行動を、まず想像してください。そして、そのどこかで災害に巻き込まれてしまうことを想像してください。どこにいても、ある程度自分を守ることができたでしょうか。
 
オフィスでの仕事中や顧客先に訪問している時間、または退勤時間中をイメージし、いざという時にぱっと行動が取れるようにシミュレーションすることが大事だと思います。
 
丸山:防災に対して、企業はどのような取り組みをすべきでしょうか。
 
寒川 さん2023年2月に鎌倉で「もしかま2023」というイベントが開催されました。「もしかま」は「もしも鎌倉で何か起きたら」の略で、地域防災とアウトドアをテーマにしたプロジェクトとなっています。このプロジェクトを主催しているのは、ローカルラジオ放送局で、協力しているのは鎌倉に店舗や事業所がある複数のアウトドア事業者です。
 
鎌倉という土地は、関東大震災のときに津波が来ていたり、相模湾直下型の地震が起きれば、15メートルの津波が10分で街を全部覆いつくすと言われていたりと、災害リスクが高い場所なのです。しかし、観光地の景観問題で、高い建物がなく、高台への避難が難しいという大問題があります。加えて、休日には多くの観光客が国内外から集まるため、観光客の避難誘導も考えねばなりません。
 
つまり鎌倉は街全体でより強く防災に取り組む必要があるのです。そこで旗振り役になったのは行政ではなく、鎌倉の企業でした。具体的には、15メートルの津波が押し寄せたことを想定し、安全圏30メートル以上の場所のトレッキングコースを開発したり、お寺の境内で火起こし体験を開催したり、親子で楽しんで学べるワークショップを実施したりと、行政では絶対にできないような、柔軟なイベントを開催することができました。
 
こうした個人にはできない、行政にもできないような防災の取り組みこそ、地域をハブにして企業が音頭を取っていくべきだと思います。


「企業が個人をサポートし、地域を盛り上げ、仕組みを作ること」

丸山:企業の防災担当やBCP担当の方に向けて、アドバイスをお願いします。
 
寒川 さんこれまでの企業防災は「備える」に主眼が置かれており、すでに現在の大企業の多くではこの「備える」はクリアできているのではないでしょうか。ここから先に課題となるのは、当事者一人ひとりに防災のマインドが備わっているかどうかが大きいのではないかと思うのです。
 
モノは消費され、場合によっては壊れ、永遠ではありません。しかし、モノを使いこなせる技術や発想は消費されませんし、壊れません。さらには、他人に伝承することで、永遠に継いでいくということも可能です。
 
備えることをゴールとせず、その会社で働く一人ひとりが自分で動けるように知識を身につけるべきでしょう。しかし、ただプログラム通りにこなすだけの防災訓練では限界があります。なぜなら、人の好奇心や想像力を刺激しないため、人の心が開かないからです。
 
そこで提案したいのは、やはりアウトドアです。たとえば、部活やレクリエーションの一貫として会社が奨励し、そこでサバイバルの技術を学ぶことができれば、楽しみながら防災のマインドを身につけることができます。個人をサポートし、地域を盛り上げ、仕組みを作ることが、企業にしかできない役割だと思います。