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自身を守る防災頭巾から、分け合う防災用品への進化。
防災の在り方をアップデートし続ける、
ファシル社が商品に込めた思いに迫る

 

 
今年で創業から48年、先代社長が手掛けた防災頭巾から始まった防災用品の企画・製造を行うファシル株式会社
安心・安全な防災用品の研究と、時代のニーズに合わせた商品開発に取り組む同社では、「共助」の考えに基づいた防災用品「BISTA」「シェアする防災セット」をリリースしました。商品開発の背景にある新しい防災の形、そして同社の防災用品に込める思いについて、同社代表取締役の八木 法明 様にお話を伺いました。

 
※インタビュアー:丸山 茜(防災士)
…当サイト運営元であるプラス株式会社ジョインテックスカンパニーにて防災・BCP商材の企画/推進、専用カタログ「危機対策のキホン」の制作担当

防災用品の老舗、ファシル社が考える災害対策の変化と企業の課題

丸山:近年の災害対策は、どのように変化しているのでしょうか。
 
八木 様:企業も行政も、何十年も相当な費用をかけて防災設備や備蓄を整えてきました。しかし、東日本大震災をきっかけに、これまでの災害対策への考えが見直されるようになったと感じています。
 
非常食の備蓄においては、とにかく長持ちする非常食を必要最低限の量を備蓄しておこうという考え方から、以前はカンパンやアルファ米(急速乾燥させたご飯)を備蓄されるお客様がほとんどでしたが、最近ではレトルト食品など、調理不要でそのまま食べられる非常食を選ばれるお客様が増えてきています。
 
また、「分散備蓄」の考え方が浸透し始めたことも大きな変化です。
 
東日本大震災以前は、オフィスビルや公共施設それぞれが一箇所に防災備蓄をまとめて保管していました。しかし東日本大震災の際に、社員一人ひとりに備蓄品を配布するだけで相当な手間と時間が必要になることが分かったのです。そこから、各フロア、個人デスクにあらかじめ分散して保管するように変化しました。
 
丸山:当社では、2022年の6月に防災・BCPに関するアンケート調査を実施(※1)し、災害備蓄が進められない理由についてお伺いしたところ、「保管スペースがない」という回答が最多でした。
企業や行政等において、災害備蓄に関してどのような課題や悩みを抱えられていると感じていますか。
 
八木 様:仰るように、展示会でお客様のお声をお伺いすると、備蓄品を保管するスペースがないというご意見を多く伺います。
実際に東京都の条例(※2)では、「事業者は、(中略)従業者の三日分の飲料水、食糧その他災害時における必要な物資を備蓄するよう努めなければならない。」と定められているのですが、実行できていない企業は珍しくないのです。
 
しかし、「保管スペースが確保できない」という理由は建前であって、本音では「災害対策のことを考える時間的な余裕がない」「何から手をつければよいか分からない」というのが、災害備蓄が進まない本当の理由だと思います。
 
※1…アンケート調査結果の詳細については、こちらのプレスリリースをご確認ください。
※2…東京都帰宅困難者対策条例(平成25年4月 施行)


東日本大震災をきっかけに、防災用品は「自助」から「共助」へ

丸山:これまでの防災用品には、どのような課題があったのでしょうか。
 
八木 様:以前は社会保障の分野でよく使われてきた「自助・共助・公助」の考え方が、最近では災害対策においても有効であるという認識が広まってきました。
 
自助…自分や家族の命を自分自身で守る
共助…隣近所で助け合い、地域全体の命を守る
公助…国や自治体が主体となり、災害対策に務める
 
ここで問題なのは、これまでの防災用品は「自助」の観点から作られたものが圧倒的に多いことです。「共助」の考えに沿った商品はまだまだ少なく、広まっていないのが現状であると考えています。
 
では「共助」の防災用品とはどのようなものでしょうか。例を挙げるなら、AEDボックスがイメージしやすいかと思います。公共施設だけでなく、最近では企業オフィスでもAEDボックスをよく見かけるようになりました。自分だけでなく、周りの誰かのために準備されるものが「共助」の防災用品であり、まだまだその種類は少ないと感じています。
 
丸山:「自助・共助・公助」の考えが重視され始めた背景には、どのようなきっかけがあったのでしょうか。
 
八木 様東日本大震災で「自助」と「公助」の限界が明らかになったことがまず1つ。あれだけの災害規模になると、自分たちの力で自身を守るには限界があり、頼るべき行政もマヒしてしまいます。そこで地域や企業が主体となって災害対策にあたる「共助」が必要であるとの風潮が広がったのだと見ています。
 
丸山:そうですね。未曽有の災害と言われる東日本大震災を受けて、BCP(※3)というワードがクローズアップされるようになりました。特に大企業においてはBCPの策定率が徐々に高まってきていることに加えて、介護事業者に対しては、2024年までにBCP策定が義務化されました。
 
BCPガイドラインの中では、関係するステイクホルダーや地域と連携した対策も盛り込むようになっています。これは災害被害を最小限にする、復旧を早めるためには「共助」の視点を取り入れた対策を検討する必要があるからなのだと思います。
 
※3…BCP(事業継続計画)とは、企業が自然災害、大火災、テロ攻撃などの緊急事態に遭遇した場合において、事業資産の損害を最小限にとどめつつ、中核となる事業の継続あるいは早期復旧を可能とするために、平常時に行うべき活動や緊急時における事業継続のための方法、手段などを取り決めておく計画のこと。


「世の中の役に立つものであるか」から生まれた「BISTA」

丸山:ファシル社では、防災用品の企画、開発において、どのような考え方を大事にされているでしょうか。
 
八木 様:その防災用品が売れる・売れないではなく、「世の中の役に立つものであるか」を常に問いながら企画、開発しています。また、展示会の場でいただくお客様の声やご意見も参考にさせていただいており、数年先の世の中で役に立つものは何かを考え続ける姿勢も、大事にしています。
 
丸山:災害用備蓄スタンド「BISTA」を企画、開発されたきっかけをお聞かせください。
 
八木 様:「共助」の考えに沿った、自分たちのためだけではない「誰か」のための防災用品を作りたいと考えたことがきっかけです。現状の災害備蓄は、一部の人にしか分からない倉庫に保管されていることが多く、発災時の初動で取り出せないことがほとんどだと思います。
 
そこで、どこに置いてもおかしくないデザインと材質でできた災害スタンドであれば、どんなオフィスや施設でも置けるのではないかと考えて開発したのが「BISTA」です。
 
丸山:「BISTA」のデザインにはどのようなこだわりがあるのでしょうか。
 
八木 様:奥行きと幅が約50cmの正方形であるため、どんな場所にでも設置しやすくなっています。また、普段使いでは電話機や消毒液置き場といった棚として活用でき、災害時にはスマートフォンを充電する置き場や、安否確認の受付として活用できる、丁度いい高さになっています。
 
丸山:「BISTA」にセットされている備蓄品には、どのようなこだわりがありますか。
 
八木 様:スマートフォンの電源を確保するため、カセットボンベで駆動する小型のインバーター式発電機と災害用携帯充電器を採用したことです。安否確認や災害時の情報収集に、スマートフォンは欠かせません。企業の場合は、お客様や社員との連絡にもスマートフォンが必要になります。
 
現在では、コールセンターのような大人数が在籍するオフィスや公共施設など、不特定多数の人が出入りする事業者様を中心にご導入いただいております。


トラックから防災用品を分け合う「シェアする防災セット」の狙い

丸山:GOOD DESIGN AWARD 2022にて、ファシル社の「シェアする防災セット」がグッドデザイン賞を受賞し、さらにグッドデザイン・ベスト100にも選出されました。この「シェアする防災セット」を企画、開発されたきっかけをお聞かせください。
 
八木 様「シェアする防災セット」もBISTAと同じく、「共助」の視点で開発した防災用品です。これはトラックといった物流車両に搭載する防災セットで、大渋滞や豪雪、地震などの災害時にドライバーだけでなく、周囲の人々と防災用品を“シェア”することができます。
 
実は弊社では以前より、車載用の防災セットを自動車メーカー5、6社に供給していたのですが、あくまでドライバー向けの「自助」の備蓄品であり、どうにか「共助」の備蓄品にできないかと考えていました。
 
もう1つのきっかけが、冬になると豪雪で多くの車が立ち往生してしまうというニュースを最近よく見かけるようになったことです。数十時間以上もの立ち往生で多くの人が困る中、偶然居合わせた食品メーカーのトラックがパンを配ったというニュースで、多くの人の印象に残っていると思います。その食品メーカーのトラックのように、より多くの物流トラックが災害時にトイレや防寒具などの防災用品を供給できるようになればと考え、「シェアする防災セット」が生まれました。
 
丸山:そのニュースは私も記憶にあります。物流車両のみではなく、公用車・社用車、路線バス・観光バス、介護施設の送迎車などにも展開したいですね。
 
この商品のシンボルマークとして、車両に貼る「防災用品搭載車マーク」も用意されていますよね。このマークにはどのような想いを込めているのでしょうか。
 
八木 様:防災用品を用意することも、コンパクトな箱にまとめるのも、それ自体は難しいことではありません。ただ、この商品の本来の目的は「共助」による社会貢献なのです。
 
この視点で考えたとき、より多くの人にその車両が防災用品を備えていることだけでなく、取り組み企業の企業価値や社会貢献への意識を周囲に知らせ、社会の防災意識を向上させていくことが重要だと気が付きました。最終的に、小学生にもわかる親しみやすいハートのマークと防災の文字、そしてSDGsを意識したカラーリングでデザインされたマークを作成しています。
 
近い将来、この「防災用品搭載車マーク」を貼った沢山の車両が日本中の道路を走っている。そんな姿がスタンダードな世の中になるよう、今後さらに普及させていきたいと考えています。


防災用品から「防災を分け合う」という考えを日本中に広めたい

丸山:ファシル社の今後の展望をお聞かせください。
 
八木 様災害対策における「共助」の考えに賛同していただけるお客様を増やし、全国に周知を広げていきたいと考えています。また「共助」の視点を取り入れた商品がもっと沢山、世の中に出てくると良いなと思っています。展示会へ出展し続けるのも、商品と「共助」の考えを広めるためです。
 
これまでも無数の防災用品が開発、販売されてきましたが、その内容自体に大きな革新があった訳ではありません。弊社の商品も例外ではありませんが、ただ1つ大きく違うのは「防災」に対する新しい価値観を広めたいという考えから生まれているという点です。
 
丸山:確かに防災用品は購入するにも維持するにもコストがかかりますが、災害大国日本においては絶対に必要なものだと思います。
 
災害対策・BCPなどへの意識は高まっていますが、まだ全てのお客様で実施されてはいません。より多くの方に防災の一歩を踏み出してもらいたいですね。そこに「自助+共助」の視点を取り入れた新しい備蓄スタイルが広がってくれると嬉しいですね。
 
最後に読者の方へメッセージをお願いします。


八木 様中元やお歳暮に代表されるように、日本人は大切な人へ自分の大事なものを分け合うという文化があります。ファシル社の防災用品をきっかけに、自分自身のためだけでなく、「防災」を分け合うという考え方が広がると嬉しいです。